和田 悟 「バラ」 洋画>油絵・油彩画>静物画

2008年5月 アメリカBUSINESS WIREの記事

アメリカのコロラド州に住む女性がクローゼットの奥にしまいこんであった絵画を引越しすることになり、古いので捨ててしまおうと考えたが、「もしかしたら価値のあるものかも知れない」と考え直し、格安鑑定組織のワースポイントドットコムに画像を送ってみたところ、日本人画家「荻須高徳」の油彩画と判明。サザビーズのオークションに出品、何と103,000ドル(約1,100万円)で落札されたとのこと。

※荻須高徳(おぎす たかのり)は、愛知県稲沢市生まれ。東京美術学校(現・東京藝術大学)の同期生に小磯良平がいる。新制作協会会員。
荻須高徳は、画家としての大半をパリで過ごし、初期の作品は佐伯祐三と同様、モーリスヴラマンクとユトリロの影響が見受けられるといわれる。
パリの街角や店先などをフォービズム独特の荒々しいタッチで描いたものが多かった。しかし、その後ソフトなタッチでパリの都市の風景画を描くようになる。

荻須高徳は、明治34年に愛知県の地主の子供として生まれ、小石川にあった川端画学校で藤島武二に師事する。1922年に東京美術学校(現、東京芸大)の西洋画科に入学し、1927年に卒業し、その年にフランスに渡る。翌年サロン・ドートンヌに入選し、1934年に最初の個展を開く。
1940年(昭和15年)に戦況悪化のため一時帰国を余儀なくされる。この時サロン・ドートンヌ出品作がパリ市買上げとなり、日本に帰国後は新制作派協会(現、新制作協会)の会員となる。
終戦後の1948年(昭和23年)、日本人画家として戦後初めてフランス入国を許可され再び渡仏。以後亡くなるまでパリで絵画の制作活動を行う。後にフランス大統領となるシラク・パリ市長(当時)は「最もフランス的な日本人」と荻須高徳を評した。1986年(昭和61年)パリのアトリエで死去。そのお墓はパリのモンマルトルにある。

※荻須高徳の詳細はウィキペディアより引用。

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引越しで捨てようと考えていた「荻須高徳」の絵画がサザビーズで1,100万円!


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